玉乃屋のルーン占術師タマちゃんこと美橋玉乃です。
私があなたの辛さも、救い方もわかるのには理由があります。
それは、今までの人生の中にあります。
~生い立ち~ヒーラータマができるまで~
私は札幌生まれの札幌育ち、札幌大好きです。
実は最近まで、子どものころの記憶がほぼありませんでした。
ほんの3年前に、自分を癒す経過でよみがえった記憶は
”物心がついた頃は、父親からネグレクト(育児放棄)、母親から虐待を受けていた。”
というものでした。
学生時代にはいじめ、ストーカーを経験、
私の悪口を書いた日記を教室に忘れていく教師もいました。
誰にも相談できず、数少ない友人だけが心の支えでした。
親の進めるまま大学受験をし、なりゆきで看護師になりました。
他校に落ち、受験校中で一番の難関に合格したのは、
癒しの仕事をする運命にあったからかもしれません。
就職してすぐ実家を出て独立しました。
親からの監視や干渉はあるものの、
虐待されない毎日から自由と安らぎを知りました。
20代前半でホスピスに勤務。
1年間に300人以上がなくなる現場で
様々な人間の死を目の当たりにし、いくつもの奇跡も見ました。
命や生き方について考えるきっかけになりました。
その後結婚、離婚、DV、うつ病、2度の自殺(未遂)、卵巣・乳腺の病気・手術、アレルギーの発症…などを経験
世の中の苦しいこと、辛いことを身をもって知りました。
特に、2度も自殺に失敗した時は
(医学知識があるので成功する自信がありました。)
「これだけやっても死ねないなら、今は何をやっても生き残ってしまう。
人はお迎えが来るまで逝けないんだな~」と、
ホスピスで学んだ”寿命”の存在を思い出すとともに
「死にたいのに死ねない」
この世の一番の苦しみ、絶望を体験しました。
そんな自殺失敗から精神科受診までの間の2003年、
知人に誘われはじめてスピリチュアルセッションに行きました。
私はあきらめて普通に生きてたつもりですが、
知人からは元気なく見えたそうです。(笑)
私にとってスピリチュアルとの出会いは、新しい学問との出会いでもありました。
『考えてもわからなかったこと』の答えが『感じること』にありました。
世間一般の『常識に従ってもうまくいかない理由』がそこにはありました。
今まで腑に落ちていなかった過去のことなど
『スピリチュアルの理論でしか納得できないこと』がいくつもありました。
そのため、頭や一般常識では答えが出せない問題にぶつかると
スピリチュアルセッションを利用するようになりました。
最初のスピリチュアルセッションの後、
自分も天使や精霊とコミュニケーションが取れることに気づきました。
色々なところで「天界系」「ヒーラー体質」「こちら側の人間」と言われ、
セッションする側の人間になることを勧められましたが、拒否し続けました。
スピリチュアルというイメージや霊能力だけに踊らされて
我を失う人も身近にいたので、
「私はそうなりたくない。普通でいたい。」
という想いが強かったからです。
癒しが進むと、本来の自分に近づくため
人生で学ぶべき課題がシンプルにやって来るようになりました。
たとえば、
大切な人を連続で失う、
家族のゴタゴタに巻き込まれる、
職場でのパワハラ、モラハラなどでした。
ストレスでめまい、耳鳴り、嘔吐、生理不順、アレルギーの悪化などの症状が出ました。
仕事中、胃けいれんで立てなくなりました。
生きているのが辛くても寿命まで死ねない、まさに生き地獄の毎日でした。
体質がさらに過敏になり、日々のストレスが増える中、
既存のスピリチュアルセッションで間に合わないと感じた私は、
自分のために知識と技術を身につけ始めました。
浄化、ヒーリング、アルケミープロテクション、ルーンリーディング、メディカルアロマもすべて最初は自分のためでした。
自分を癒し、整え、進み、
また次の課題に出会う。
また癒し、整え、進む。
くり返しているうちにいつしかポイントは”気付き”にあると気づきました。
うまく行かないこと、障害があらわれたとき
「この課題は何の学びのためにあるのか?」
そのことに気づくとすぐに課題がクリアーできるのです。
気づくことでマインド(心の持ち方)が変わり、行動が変わり、乗り越えられる。
私が最後に気づけたのは自分のことではなく、他人のことでした。
私にストレスを与えてきた原因となる人たちも皆、愛情不足や癒され不足。
そこに気づいた時ルーンは私に
約20年の看護師職を終了し、スピリチュアルな仕事をするよう促しました。
そして現実も転職しやすいように、急に道が開かれたのです。
私はずーっと癒されたかった。
癒しても癒しても、社会に出るとすぐまたストレスが溜まっていました。
自分の癒しが一段落し、他者の癒し不足に気づいた今、
「皆が癒されれば、ストレスを感じる人も、感じさせる人も、減らせるのでは?」
と考えました。
だから私は、多くの人を癒していきたい。
何より過去の私のように、癒しを必要としている人の力になりたい。
今までの人生経験はそのためにあったのだと思います。
誰よりも人の辛さがわかるように
その乗り越え方を学ぶために。
最後までお読みいただきありがとうございました。